日本一のうなぎの町、うなぎにかける熱い思いとその舞台裏
鹿児島県・大崎町は九州最南端の大隅半島に位置し、約1万2,000人が暮らす自然豊かな町です。温暖な気候と肥沃な大地に育まれ、農畜産物が豊富に生産され、志布志湾では豊富な魚介類が水揚げされます。また、ゴミの分別にも力を入れ、資源リサイクル率で15回も日本一を達成している“環境にやさしい町”としても知られています。
そんな町の名産品はうなぎ。温暖な気候に加え、うなぎの稚魚(シラスウナギ)が豊富に獲れ、火山灰を含んだミネラル豊富な地下水がうなぎの養殖に最適な環境を提供しています。鹿児島県は養殖うなぎの生産量で日本一を誇り、国内シェアの約40%を占めています。なかでも大崎町は全国有数の養鰻(ようまん)地帯で、豊かな地下水で育てられたうなぎは「身が肉厚でふっくらして美味しい」と、全国各地からリピーターが絶えません。
多くの人を魅了するおいしさの裏には、自然の恵みだけでなく、職人たちの高度な技術と絶え間ない努力があります。今回は「千里うなぎ」と「おおさき町鰻加工組合」を訪れ、うなぎがどのように育てられ、そして加工されているのか、その舞台裏に迫りました。
名水で育む、究極のうなぎ
大崎町の豊かな緑に囲まれて並ぶ、数多くのビニールハウス。その地下には、シラス台地が育んだ豊かな地下水が流れています。この理想的な環境で養殖を行う「千里うなぎ」の執行役員、堀内さんに話を伺いました。
堀内さん:私たちの仕事は「平成の名水百選」に選ばれた普現堂湧水源から湧き出る、清廉で豊かな水に支えられています。この水は、単に美しいだけではありません。24時間365日体制で、1日2回の水質検査でpH値や酸素濃度を厳密に管理しています。さらに、液体酸素等の設備も備え、自然の恵に甘えるだけではなく、科学的なアプローチと職人の情熱が一体となり、うなぎの最適な成育環境を整えています。
うなぎはデリケートな生き物
堀内さん:弊社では、うなぎの稚魚(シラスウナギ)の段階から成魚になるまでの約1年の間、できる限りストレスを与えないよう、愛情を込めて育てています。まず稚魚は「元池」と呼ばれる小さな池で育てます。そこから40日程度で、クロコウナギと呼ばれる成長段階になってから「養殖池」と呼ばれる大きな池に移されます。
うなぎの成長には個体差があり、同じ池の中で育てていてもサイズが次第にまちまちになってくるので、定期的に大きさを揃える「分養」という作業を行います。手間のかかる作業ですが、これによりうなぎが均等に餌を食べられるようになり、成長がスムーズに進みます。
水温30度がうなぎには適温?
堀内さん:「養殖池」ではビニールハウスとボイラーを使い、年中水温を約30度前後に保っています。うなぎが最も活発に餌を食べる水温は28〜30度とされており、この範囲を超えると食欲が落ち、肉付きにも影響が出てしまいます。「養殖池」では水車を使って水に新鮮な酸素を送り込み、水流を作り出してうなぎが運動できる環境を整えています。水温や水質のわずかな変化でも品質が損なわれてしまうため、細心の注意を払っています。
環境負荷が大きいと言われる産業だからこそ目指す持続可能性
堀内さん:うなぎの養殖業は、温度管理に多くのエネルギーを必要とし、重油や電力に大きく依存し、環境負荷が大きいと言われている産業です。当社では、再生重油ボイラーを導入し、環境にやさしい養鰻を目指しています。初期投資こそ高額でしたが、長期的には重油代の削減につながり、環境負荷も軽減しています。この再生重油は通常の重油と比べ、コストを半分ほどに抑えることが可能です。また、重油タンクを整備し、年間600キロリットルを備蓄することで安定供給を確保しています。
さらに、太陽光発電を導入し、建物の改修と並行して太陽光パネルの拡充を進めています。また、酸素供給に必要な電力を削減するために、液体酸素を一部活用しています。液体酸素を使用することで、うなぎの健康が保たれ、水質の改善にも繋がるという報告があり、より質の高いうなぎの提供を実現しています。
うなぎの価格が高騰している中で、私たちは高品質なうなぎを安定して供給しつつ、コスト削減を図り、一匹でも多くのうなぎを皆様の食卓に届けるために日々努力を続けています。持続可能な未来に向けて、新たな挑戦を続けています。
全国でトップクラスの出荷数、養殖から加工まで一貫管理
次に訪れたのは、「おおさき町鰻加工組合」です。同組合は、国内で初めて養殖から加工までを一貫して管理するシステムを構築しています。「千里うなぎ」とも提携し、1日1万匹の蒲焼きを、安定して生産できるといいます。大崎町のうなぎが出荷されるまでのこだわりに関して、同社取締役常務の徳地隆二さんにお話を伺いました。
鹿児島県産うなぎを全国区へ
徳地さん:これまで大崎町で生産されたうなぎは、生きたまま他県に出荷され、そこで加工・販売されることがほとんどでした。そのため、日本有数のうなぎの生産地であるにもかかわらず、鹿児島県産のうなぎというブランドはあまり浸透していませんでした。そこで、地元の養鰻業者と共同で『おおさき町鰻加工組合』を設立し、うなぎの加工から販売までを地元で一貫して行う体制を整えました。
うなぎは生きたまま氷締めし、仮死状態にしてから捌きます。頭を固定して背中から包丁を入れ、素早く中骨と内臓を取り除きます。中骨や内臓も無駄にせず、全て商品化されます。
徳地さん:捌いたうなぎは、最初に「白焼」の工程を経ます。氷締めで冷えた状態のうなぎを焼きムラができないように、まず1分ほど蒸してから、上火で皮面から丁寧に焼いていきます。
徳地さん:焼け具合をチェックしながらひっくり返して次に身を焼いていきます。
おいしさの秘密は、“蒸し”と“4度焼き”
徳地さん:「白焼」の工程を経たうなぎは焼き上がりをチェックして、20分間の「蒸し」を入れます。しっかり蒸すことで、余分な脂分を落としてふっくらとしたうなぎにします。かつて、「蒸し」の工程は10分ほどでしたが、お客様から“うなぎがかたい”というお声をいただいたことがきっかけで、「蒸し」のラインを拡張することになりました。また、その日のうなぎの状態を見て、刺し穴を開けることもあります。
徳地さん:次に「蒲焼」の工程です。うなぎをタレにつけては焼き、つけては焼く工程を4回繰り返します。これは、うなぎ専門店でも行われている工程を再現したもので、手間を惜しまず丁寧に仕上げます。
徳地さん:焼き上がった「蒲焼」は粗熱を取り、急速冷凍されます。マイナス45℃で急速に冷凍することで、うなぎの水分を保ち、焼きたての風味を損なうことなく全国に届けることができます。
大崎町とうなぎの深い共生関係
大崎町にとって、うなぎ産業は単なるビジネスではなく、地域経済を支える大切な柱であり、町の文化の一部です。取材を通じて出会った地元の人々は、皆「うなぎなしではこの町は成り立たない」と口を揃えて語っていました。「千里うなぎ」や「おおさき町鰻加工組合」で働く多くの人々が地元出身者であり、彼らにとってうなぎは生活と誇りそのものです。
“地元の自然と人々の手で育てられたうなぎが、全国の食卓に届くことが何よりも嬉しい”と語る職人たちの言葉には、地域全体でうなぎ産業を支えているという誇りが感じられました。この共生関係は、大崎町のアイデンティティの一部となっており、今後も大切に守り続けられるでしょう。